残るもの

こんばんわ!

中澤やすゆきです!

僕が小学校の低学年の時だったと思いますが、母親と姉の3人で高崎駅の周辺に買い物に行きました。今あるのは、高島屋と数年前にできたOPAですが、当時はまだダイエーやサティといったデパートがありました。

歳が離れていた姉は、自分の買い物をするので集合時間と場所を決めて別行動をすることになりました。僕は母親と行動をすることになりましたが、小学生の時に婦人服売り場ほど退屈な場所はありません。

そこで母親から

「やっちゃんはおもちゃ売り場で欲しいの選んでいていいよ。30分後にエスカレーターのところで集合しようね。」と素晴らしい提案がありました。

優しい素敵なお母さんみたいに書きましたが、こんな事はとても稀な出来事です。おもちゃなんて滅多に買ってもらえませんでしたので、おそらくここぞとばかりに着て行く服を集中して選びたかったのだと思います。

母親の理由はどうあれ僕にとっては願ってもないご褒美です。こどものパラダイスであるおもちゃ売り場で、当時大好きだったプラモデルを眺めながら至福の時を過ごしていました。

おもちゃも選べて時間になりましたので、母親との待ち合わせ場所であるエスカレーターのところへ行ったのですが、母親が見当たりません。小心者は昔から変わりせんので、とても焦ります。母親が買い物をしていた辺りを探しにいきましたが全く見当たりません。

つまり迷子になりました。田舎の小学生が街中のデパートで迷子になりますとこの世の終わりくらいの気持ちになります。パニック状態なので、店員さんに助けてもらう余裕もなくそのデパートを出て人混みの中を泣きながら姉との待ち合わせ場所に向かいました。

サティの入り口で姉と会うことができ、

「どうしたんやっちゃん、すごい恥ずかしいんだけど」と言われたことを覚えています。姉とデパートに戻ると母親が僕を探していました。集合時間になっても僕が来ない為おもちゃ売り場に探しに行ったようで、どうやら入れ違いになっていたようです。

小さな頃の出来事はポイントポイントではなんとなく覚えていることもありますが、頭の中に鮮明に残っているのは、こんな苦い記憶です。

先週から安中市松井田町で改修工事に入らせていただいております。築40年を過ぎた和風住宅で、外壁の塗替え、雨樋の交換、軒裏の張替え工事をさせていただきます。

中澤建設の木工事である軒裏の張替えが最初の工事になりますので、まずは既存で張ってある軒裏の撤去です。しかし状態も良く、この後に板張りを施工する時に下地として利用出来ると思いましたので、撤去せずに工事を進めることを考えました。

そうすれば、ひとつ工事が減り、お見積りよりも費用を軽減でき、お客様にも喜んでいたたけると思いました。しかし、雨による影響で少し心配なことがありましたので、そこだけは確認しないといけないと思い、中澤建設のスペシャルチームの1人である、雨から家を守る勝見板金さんに相談してみることにしました。

写真で状況を確認した勝見さんが、

「この場合は、雨水で軒裏を濡らす可能性がありますね。”水が走る”現象が起こるかもしれないから、そのことを考えると今ある軒裏は剥がしたほうがいいですね。」と教えてくださいました。

まさか屋根の裏側が濡れるなんてと思いますが”そのまさか”が起こるんです。勝見板金さんも想像でお話をしている訳ではありません。あくまで可能性の話ではありますが、このようなケースでお困りのお客様を何人も見てきた経験からお話をしてくださいました。

僕も雨による劣化で傷んだ場所を直す工事は何度もしてきましたが、屋根の専門業者である勝見さんとは場数が違います。僕1人では判断出来ないことでも、様々な状況を知るプロにこのように適切なアドバイスをいただけることは本当に有難いことです。

そうと決まれば、軒裏の撤去作業が始まります。剥がしやすいように施工されておりませんので、釘も細かく留めてあり、この家をつくられた工務店さんの丁寧さは解体からも伝わります。解体も残り半分くらいになった時に、屋根の裏側である小屋組の様子が目に入りました。

墨付けの真っ直ぐに引かれた線の美しさ、印の通りに加工された納まりの綺麗さに思わず見惚れてしまいました。そして、さらに驚いたのは使っている材木です。割れの入らない芯さり材が使用されており、その材木の木目の細かさには圧倒されました。

これは目には見えない屋根裏なので、僕が軒裏を剥がさなければ見られることが出来なかった場所です。その他にも仕事の内容や材料から、この家をつくられた工務店さんが丁寧に大切に家づくりをされた様子を見られることができました。

今工事をさせていただいているお客様の家も40年以上前からカタチとして今に残ったものです。そしてこの工事で、何十年も先の未来に残るものになります。

時間はとても貴重で仕事に効率を求めることは大切なことだと思いますが、お客様と先人の方々、いつの日か中澤建設を受け継ぐ人に恥じないような仕事をしたいと思います。

記念写真

こんばんわ!

中澤やすゆきです!

最近の中澤家ではニンテンドースイッチのスイカゲームが流行っています。僕はスマートフォンのゲームも全然やりませんし、そもそもゲームがあまり得意ではありません。

同じく普段ゲームなどやらない妻ですが子供と一緒になって珍しくゲームを楽しんでいます。

「騙されたと思ってやっちゃんもやってみなよ。」と言われ、やらず嫌いは良くないと思いましたので挑戦してみることにしました。

簡単に説明すると様々なフルーツを揃えながらスイカを作るパズルゲームです。やり方は簡単なのですが、なかなかスイカを作れません。と言いますか、僕はスイカの手前のメロンまでしか作れたことがありません。

上手くフルーツを揃えればいいのですが、欲しい時にお望みのフルーツが落ちて来ないのがこのゲームの難しく面白いところです。子供と過ごすこんな時間を楽しみながら、いつの日かスイカを作りたいと思います。

先日、23日の祝日に中澤家三男の七五三のお祝いをしました。インフルエンザの流行により体調不良の家族もいて心配されましたが、何とか無事に行うことができました。

兄達がサッカーをしているので、最近では家族全員が時間をとれる休日が中々ありません。この日もサッカーは休みでしたが、三男が地域のお祭りで太鼓を叩く予定がありましたので、太鼓を終えた午後から七五三を行いました。

七五三でやることは長男の時から変わりません。袴をネットでレンタルして、母親がマダムカットでお世話になっている美容室で着付をしてもらいます。その後はご夫婦でやられている写真館さんで記念写真を撮っていただきます。

こちらの写真館さんには友人との思い出があります。アルバイトの履歴書に使う写真は普通だれでも、ボックス型のスピード写真を利用すると思います。しかし学生時代に友人と2人で

「あれ恥ずかしいから」

とこちらの写真館さんに転がりこんで証明写真を撮ってもらいました。

そんなお世話になったことがあり、家族の記念写真はこちらでお願いしています。いつでも変わらないご夫婦の温かいお人柄と最高の一枚を撮ってくださろうとする姿勢にはプロの仕事を毎回感じさせていただいております。

写真撮影の後は家づくりの地鎮祭や樹木伐採のお祓いでお世話になっている小祝神社様で、七五三の御祈祷をしていただきました。昨年、長くお世話になった前宮司さんがお亡くなりになったのですが、その後を息子さんご夫婦が受け継がれている素晴らしい神社様です。ここに来ると、前宮司さんにもお会いできて、心が洗われるような気持ちになりますので僕にとって特別な場所です。

その後に夕食まで時間がありましたので、高崎市役所の展望台にいきました。夕陽が綺麗な高崎の町を子供たちと眺めていたら、修行時代にお客様から聞いた話を思い出しました。

それは旧高崎駅があった頃の話です。とある親子が倉渕から高崎駅までバイクに乗って行ったそうです。駅の高台から初めて見る高崎の町を眺めて、

「とうちゃん、日本て広いんだね」

と子供が言ったことに対して、

「馬鹿ヤロウ、この倍だ!!」

と父が言ったというなんとも愉快な倉渕の親子がいたという話です。

修行時代にお話を聞かせてくれた方は、1つの笑い話として話をしてくれましたが、決して馬鹿にしていた訳ではなく、”知らないということは、こういう事”だということを教えてくれました。

倉渕での生活ではこんな高い場所にエレベーターで行くことはありませんし、倉渕の景色にはこんなに家やお店が密集している場所はありません。僕もそうですが、中澤家の子供達だってまだまだ知らないことだらけです。

これから成長する過程で、出会う人にお世話になりながら、自分の目で見て肌で感じて様々な経験をしながら多くのことを知っていくのだと思います。

展望台から見える景色に何を思ったのかはわかりませんが、今は倉渕だからこそ感じられるものを名一杯吸い込んで、素直さと笑顔を大切に毎日を過ごして欲しいと願います。