のりのお弁当

こんばんわ!

中澤やすゆきです!

僕と修行中の松島くんのお昼ご飯は、妻の手づくり弁当です。いや、手づくりのお弁当です。毎朝4時起きの母親に続いて、5時に起きて洗濯機を回しながら、お弁当を作ってくれています。

僕が家づくりにこだわりがあるように妻もこだわりをもってお弁当をつくってくれています。そのこだわりは、出来のおかずを使わないことです。1年に2~3回は冷凍食品もあるかもしれませんが、それは無いに等しく、全てが手づくりです。

先日も朝起きるといつものようにお弁当の準備をしてくれていました。おはようと挨拶を交わしてから、

「今日はのり弁にしようと思います😊」

と発表がありました。ほっともっとのメニューでも基本のり弁を頼むのり弁好きの僕には、素直にとても嬉しいことだったので、

「ありがとう。そういうのいいなと思ってたんだよ」と伝えました。すると、

「何その言い方。もっと前からやればよかったのに!みたいな。このひと手間が大変なんだよ。」と少し怒られました。

確かにその通りです。ただでさえお弁当をつくってもらえることが有難いことなのだから、余計な言葉など言わずにただありがとうを伝えるべきだったと感じます。

毎日、お弁当の蓋を開けることが僕の楽しみのひとつです。この日は、のり弁だということがわかっていても、お昼に蓋を開けるのは楽しみな気持ちに変わりはなく、いつものようにあゆみちゃん特製お弁当を美味しくいただきました。

妻が日常生活で大切にしているひと手間は、お弁当だけではありません。会社に届く郵便物にも想いを込めた取り組みをしています。

中澤家の郵便ポストには仕事の書類や請求書など様々な郵便物が届きます。その郵便物のほとんどに付いているのが切手です。妻はこの切手部分だけをハサミで切り取り、何年も前から大切に保管していました。

と、その事は知っていたのですが実際にどんなことに利用しているのかは聞いたことがありませんでした。すると先日妻から、そのことについて話がありました。

妻が集めている切手は、封筒に貼ってあるものを切り取ったものでなくてはいけないようです。なので、ただ切手を集めればいいのではないそうです。そして切り取られた切手は、数量に合わせて全世界の様々な取り組みと交換できるということでした。

そんな様々な取り組みの中で、妻の切手は海外の医療現場でワクチンに代わるということです。とても素晴らしいことだと思いますし、自分も見習わなくてはいけないと感じます。

言うのは簡単なことですが、それを実行するのは、ひと手間がかかりとても根気のいる取り組みだと思います。ですが、しっかりと未来を見据えた国際貢献活動になるのだと思います。同じ家で同じ生活をしているのに、意識と知識の違いによって生み出すものが代わるということを妻から教えてもらいました。

倉渕町で行っている、築130年の住宅修繕は外壁工事が完了しましたので、建具工事を残すのみとなりました。高崎市で特定歴史的景観建造物と名前が付けられていますので、景観を守りながら中澤建設のオリジナルをつくらせていただきます。

建物を雨風から守ってきた雨戸を見ると130年という歴史を感じることができます。木製雨戸は初めてつくると言っている建具屋さんは、どう手をつけてよいかわからずに大ベテランの建具職人さんにつくり方を教わったそうです。

新しい雨戸と古い雨戸を見比べるとつくり方が全く同じなことに気がつきます。古い雨戸を取り外して持っていき、同じものをつくった訳ではなく、80歳の建具職人さんに教えてもらいつくったそうです。古い雨戸はその方が生まれる50年前につくられたものになります。雨戸をつくるという技術が人から人へ継承され全く同じ形で今に残り、これかの未来に繋げるのですから、手でつくることの深さと尊さを感じます。

今回の工事で玄関の引違い戸も新しくつくらせていただきます。玄関建具も完成し、ガラスを入れたら納められる状態になっているのですが建具職人さんにとって、気になることがあり、このままじゃ納品出来ないと悩まれていました。

お話を聞くと気になっているのは建具の一部です。僕にとってはあまり気になることではありませんが、ご本人はとても気になるようです。別の建具をつくりながら何日か手を付けずに置いたのですがある時に、

「あの材料を持ってきてほしい」

と話がありました。

倉庫の中にあるその木を渡すと完成した玄関引戸にひと手間をかけて何やら作業をしています。少しして建具職人さんから

「これどう思います」

玄関引戸にひと手間加えたサンプルをみせてもらました。

どう思うかと言いますと、最高です。

そして、楽しみに待っておられるお客様が喜んでくださる表情が思い浮かびます。

妻がしてくれるひと手間も建具職人さんがしてくれるひと手間も、つくり手が想いを込める先に相手の顔が見えるからこそしてもらえることだとなんだと思います。その想いにこたえる僕は感謝の気持ちだけではなく、きちんと声が届くように”いただきます”と”ご馳走さま”を伝えなくてはいけないと感じました。