DVD

こんばんわ!

中澤やすゆきです!

今中澤家では、レンタルDVDブームが到来しています。僕の住む倉渕町は高崎市の一角とは言え市街地に行くまでに、20分、30分、40分、いや50分くらい車を走らせないと行けません。その道中は、こどもにとって退屈な時間になってしまいます。

そんな移動時間に、今までは手持ちのDVDを鑑賞して過ごしていました。それが、なんのタイミングか覚えておりませんが、ふらっとレンタルDVD屋さんによる機会があり、そこに並ぶ魅力的な作品を見たこども達が、

「これ見たい」

ということになりました。1人が借りることになれば、「俺も俺も」となりますし、僕達夫婦も「あたしも、おれも」と借りたくなってしまいます。

一度レンタルにハマりだすと見終わったら別のを見たくなりますし、シリーズものなら次が気になるものです。そこで、よく行くレンタル屋さんは、定額で一度に5作品まで借り放題という中澤家に丁度いいサービスがありました。

この時代ですと、ネット配信の動画サービスなども便利ですが、お店に並んだ作品を見ながら、過去に見忘れていたものやパッと目に入った面白そうな作品を手に取ったり、妻と若い頃に映画で見た作品を懐かしく感じてみたりと、実際にお店に行って見て選ぶことも中々楽しいものです。

お正月休みに友人家族と一緒にお隣の栃木県那須日光旅行に行ってきました。長時間移動にはなりますが、こんな時にレンタルDVDが旅を盛り上げてくれます。各々がどんな作品を借りたのかといいますと、

長男・・名探偵コナン

次男・・君の膵臓を食べたい

三男・・キョウリュウジャー

妻・・ももの手紙

僕・・海猿

5人いれば、5通りの好みがあるように選ぶ作品も様々です。自分では絶対に選ばない作品もあり、「面白いの?」と思うものもありますが、そこはさすが映画です。どの作品もタイプは違えどそれぞれに素晴らしい魅力を持っていますし、色々と考えさせられる場面もあり、とても勉強になることを感じます。

特に次男が選んだ、君の膵臓をたべたいは印象的でした。普段テレビをあまり見ない為、時代から遅れをとっている僕は、浜辺美波さんをはじめて知りました。

中澤建設のホームページの自己紹介欄に記載されている”好きな俳優”がもしかしたら、変わるかもしれないくらい衝撃的でした。そして浜辺美波さんの魅力もさることながら、内容も面白く考えさせられるものです。もし機会がありました是非是非ご覧になっていただきたいです。

そして、この時に見た全ての作品に共通して言えることは、”助ける”ということだと感じました。ストーリーも思いも作品ごとに違いますし、登場人物によっても違いますが、助けたい、助かりたいという思いは、見ている人の心を熱くするものだと思います。

先日は、オストコーポレーション北関東の吉田さんが倉渕までお越しくださいました。吉田さんは、中澤建設に羊毛断熱材や木製窓などの商材を卸してくださる建材屋さんです。

吉田さんは、数年前に建築業界の中にある道に迷っていた僕と妻に進むべき道をしるしてくださり、助けてくれた僕達夫婦の恩人です。それだけではなく、中澤建設のブランディングをサポートしてくださる、軍師様という存在です。

商材を購入する以外に一切の費用などもかかっておりませんが、中澤建設が地場工務店として地に足付けて仕事ができるように何年も前からサポートをしてくださっています。

この日も、商品のおすすめや案内などは何もなく、中澤建設がリニューアルするホームページに関してのアドバイスをする為に栃木県から遠路はるばるお越しくださいました。

ホームページは僕達夫婦に変わって、ネットワークの中で24時間働いてくれる優秀な営業さんです。それだけにホームページに記載されている内容はとても重要になります。それをしっかりとつくり上げる為に細かな部分のアドバイスをしてくださいました。

中澤建設が良くなる為に、第三者の方から意見をもらえることは中々していただけることではありませんので、本当に有難いことだと感じます。感謝してもしきれずに何の恩返しもできておりませんが、まずは自社が期待に応えられる存在になることが第一だと思いますので、目の前にある課題をしっかりと取り組みたいと思います。

その翌日は、お仲間であり、建築業界の先輩であり、心の中では友だと思っているインディゴピースホームの薗田社長と会食を行いました。

薗田さんのSNS投稿で気になったことがあったことも事実ですが、僕からのお願いごとと相談がありましたので、前日に電話をさせていただきました。

あれこれとわちゃわちゃと30分くらい電話で話をしていたら、

「もう明日、会おうよ」ということになり、夕食をご一緒することになりました。

昨年の初めは、1週間の内5日くらい会っていたこともありました。そのことで、妻にその関係を疑われるくらいでしたが、お互いに仕事が充実しておりとても久しぶりにお会いすることになりました。僕は正直、顔を見た瞬間に幼馴染に会うときのような安心する気持ちになりました。

中学2年生みたく、他愛もない話に盛り上がっていたと思うと、お互いの会社の内情や未来のことを語り合い、それは他社に話す内容ではないようなことでも、お互いに全てをさらけ出します。そんな本音を話せる関係が僕にはすごく有り難いものです。

会話の中で、薗田さんから様々なアドバイスをいただきました。そのアドバイスは中澤建設の未来を案じたものです。

薗田さんは僕に

「俺が大事なのは、やっちゃんだから

大切な仲間の為なら出来ることはなんでもするよ」と言ってくれることがあります。

普段は笑って冗談ばっかり言っている方ですが、こんな素敵なことを言ってくれるんです^_^

同業者としての様々なアドバイスをくださることで、僕の心配事を軽くしてくれて、助けてくれる本当に頼もしいお仲間なんです。

そしてここには書ききれないほど、たくさんの方々に助けられて自分が生きていられることを感じます。もちろん、受け取るだけではいけません。自分に出来ることをしっかりと考えながら、助けてもらったのと同じくらい、受けた愛情と同じくらい、自分も大切な人を助けられるようになりたいと思います。

若者

こんばんわ!

中澤やすゆきです!

あけましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いいたします。

能登半島地震で被災された皆様、ならびにそのご家族の皆様に心よりお見舞い申し上げます。

今こうしている中でも、心が落ち着くことがなく、寒さも厳しい中で眠れない夜を過ごされていることと思います。

被災された皆様が、1日でも早く平穏な日々を過ごせるようお祈り申し上げます。

そして、自分に出来ること、やるべき事を見誤らないよう行動したいと思っています。

中澤家の新年は、家族みんなで寝室の窓から初日の出を拝むことで始まりました。

新しい年を迎えて、最初に顔を合わせるのはひとつ屋根の下で暮らす両親です。

最初の挨拶はパジャマではなく、出掛けられるくらいの服装にきちんと着替えて行います。全く目覚めない三男は寝かしておいて、妻と長男、次男と一緒に居間に行き、正座をして手を床に付き、頭を下げて挨拶を行います。

新年初めての食事の用意は男が行います。お餅を焼きお雑煮にすることも、年末に母親と義母が作ってくれたおせち料理を盛り付け、配膳することもすべて男が行います。詳しく調べたことはありませんが、「年男」という僕が物心ついた時から行っている中澤家の習わしのようなものです。

このようにお伝えしますと、

「中澤さんの家、ガチガチで窮屈そうな家族だな〜」と思われるかもしれませんが、このような事は元旦だけなんです。居場所さえ伝えてあれば、人様に迷惑をかけたり、人の道を外れるような行動をしなければ、どこで何をしようと自由でした。

結婚するまでは年末年始だって、基本的に家にいる事なんてありませんでしたし、家に居ても友達と過ごしていました。けれども、元旦のこの習わしはいつでも頭の片隅にあって、いつからか

「元旦の朝は家族と過ごそう」という気持ちになっていました。たとえ2日には遊びに出かけてしまうとしても元旦だけはこの気持ちになるんです。とても不思議に感じますが、自由だと感じる暮らしの中で両親から受けた教育なのかもしれません。

最近、服装や髪型に興味が出てきた長男が、服が欲しいと言ってきましたので、家族で買い物に出かけました。欲しい服を親に伝えればよいのですが、年頃ということもあり上手く話してくれません。

僕もちょうど長男と同じ頃に姉から強制的に買わされたファション雑誌を見てファッションに興味が湧き始めましたので、気持ちがわからなくはないのですが、色々なお店をフラフラしているだけで、何が欲しいのかわかりません。

長男が言うわずかな好みから良さそうなものが見つかり、やっと本人からも笑顔が出ましたので、購入するためにレジに並ぶことにしました。僕達の前に若い男女と母と男子(20歳くらい)の2組が並んでいます。

見た目は少し話かけずらそうな今時の若者で2組とも男性は少し強がっているようなイメージです。少し後ろから、今年42歳になるおっさんがじーっと観察してる中で先にレジに並んでいる若い男女に店員さんが品物を渡します。すると、

「すいません!ありがとうございます!」

と、それはそれは丁寧にしっかりとした声で品物を受け取ります。

あっけに取られているとそのあとに親子でレジに並んでいる男性も、

「はい!ありがとうございます!」と同様に丁寧にしっかりとした声で品物を受け取っていました。

予想外の展開に正直驚きましたし、何より人を見た目で判断してしまった自分自身に呆れました。僕は見た目も中身も未熟者ですが、見た目だけは立派で、礼儀を知らない大人達はたくさんいます。この2人の若者と話をした訳ではありませんし、挨拶を聞いただけで、どんな性格かはわかりませんが、とても素直で素晴らしい存在だと感じました。

僕のように色メガネで世の中を見てしまっていたら、本当に大切な人の心を見誤ってしまうと思います。人と人は向き合って心を通わす必要がありますし、それは人と人しか出来ない事だと思います。

それは見た目でわかるものではなく、時間を積み重ねてこそ感じられるものだと思います。繋がりの中で、年齢性別などは関係なく、出会った方々と過ごすヒトトキを大切にしたいと、2人の若者をみて感じる新年の出来事になりました。

目的の先

こんばんわ!

中澤やすゆきです!

毎年恒例で、人気沸騰がすぐそこまで来ている中澤家初笑い年賀状も無事に完成し、郵便局に投函することができました。例年は、お客様や恩人の方、お仲間の皆さんには、書店で購入した本からデザインを選んで、年賀状をつくらせていただいておりました。

しかしこの初笑い年賀状に使う写真は、家族一同で相談して撮影した魂の一枚であり、ありのままの中澤家の姿になりますので、今年からは全ての年賀状に写真を使わせていただきました。

年頃の長男と次男は、

「またやるの〜。もういいよ〜。

こんなことする家族、他にいないよ〜」と言っています。子供達が言っていることは僕と妻にとって、もはや褒め言葉にしか聞こえない為、全く響きません。とは言え、気持ちがわからない訳ではないので、なるべく顔を出さない配慮をしての参加で撮影の許可をもらいました。

この年賀状写真は、1年を振り返りその歳に中澤家や世間で流行したものや、その歳を思わせるような内容の仮装をします。そしてルールは、お金を掛けず、作り込み過ぎず、家にあるものを使い30分程度で完成できるような内容にします。

持ち時間を一杯まで使い、かなり高いクオリティで仕上がった僕と妻を見た長男が、

「この家族なんなの〜笑」と笑いながら頭を抱えました。来年から中学生になる長男には変わった親に思えるかもしれませんが、これが父親と母親であり、飾らない家族の姿なんです。

自分が大人になった時に真似をする必要はありませんし、尊敬などしてくれなくてもいいです。今はまだ理解できないかも知れませんが、僕と妻は人生を楽しんでいるだけですし、そんな姿を見せることができれば十分なんです。

    ※2023年の初笑年賀状です。

先日、長男と次男がお世話になっている地元サッカークラブの監督とプチ忘年会をさせていただきました。監督は、倉渕で子供にサッカーを教えることなってから今年で30年になるそうです。という事は、20歳の頃から地域に根差しスポーツ少年団を通して地域貢献をされていることになります。

指導してくださる様子を見てもわかりますし、ご本人も日頃からおっしゃっているのですが、子どもを1番に考えた指導をしてくださいます。それは、サッカーに限らずサッカー以外での子ども達との関わり方で、僕達保護者にも伝わってきます。そして何より子ども達に愛されていることがその答えだと思います。

そんな監督が先日おっしゃっていた言葉が印象的でした。

「サッカーは勝敗を決めるものだから、勝つ事が目的でそれは大切な事なんだけど、俺は勝ちよりも楽しいと思う気持ちを大事にしたいんだよね。小学生の時に勝つ事だけを考えちゃうとサッカーがつまらなくなっちゃうよ。サッカーが楽しいと思ってもらえれば、中学、高校と好きなサッカーを続けられて、その中に勝負の楽しみがあればいいと思う」とおっしゃっていました。

もちろん監督も試合では、勝つことを目的としています。けれど、サッカー全体で考えた時に勝ちにだけこだわる訳ではなく、子どもたちがスポーツ少年団を終えた後のその先を常に考えてくれているのです。子ども達の未来を思うことが監督の言う「子どもファースト」なのだと思います。本当に素晴らしい想いですし、倉渕の子ども達がこんな素敵な監督にサッカーを教えていただけていることを幸せに感じます。

僕も大工工務店として、お客様の家づくりをさせていただいております。工事の規模に大きさなど存在せず、お客様と過ごさせていただく時間の大切さを強く感じています。この時間の先にはお客様の暮らしと幸せがあることに責任と喜びを感じ、家づくりが地域貢献、社会貢献になるように未来をしっかりと見据えていきたいと監督からのお話から気付かせていただきました。

今年もブログを読んでいただきありがとうございました。これからも、日常で感じたことをありのままの気持ちでブログに書きたいと思いますので、中澤ブログ生活をよろしくお願いいたします🤲

良いお年をお迎えください😊


価値観

こんばんわ!

中澤やすゆきです!

現在中澤家は、父親、母親、妻、長男、次男、三男、さとちゃん(修行中の松島君)と僕のひとつ屋根の下、8人で暮らしています。

食事は、母親と妻が別々に作ってくれますので、様々な料理が食卓に並びます。それは、カレーとおでんの時もありますし、天ぷらとシチューの時もあります。組み合わせは様々ですが、2人がつくってくれた料理を家族みんなで食べられているということは、中澤家が平和である証拠なので、いつも有り難く美味しくいただいています。

食卓に並んだおかずの中には数に限りがあるものも出てきます。こんな時に子供達は食べる前に1人何個まで食べて良いかを計算するのですが、これはとても大切なことです。

僕も子供の頃は姉たちとおかずの取り合いをしていました。当時は、数が割り切れなく1つだけ残る時には、そのひとつをカットしてまで分けたことを覚えています。

その時は何も思いませんでしたが、今考えれば8つと5つ離れた姉なので、少し大人になって可愛い弟に譲ってくれてもよかったのではないかと思いますが、好きなおかずを目の前にすればこうなるのも当然かもしれません。

先日、家で食事した時のことですが、みんなが食べおわり修行中の松島くんと僕だけがまだ食べているタイミングがありました。あと少し残っているおかずがありましたので、

「さとちゃん、食べちゃっていいよ」と伝えました。それを聞いていた妻から

「やっちゃん、さとちゃんに強引に食べさせるのはパワハラだよ」

と言われました。しかし、これは誤解です。

僕だってまだまだ食べらますが、「自分はいいからその分食べていいよ」というむしろ優しさを出しているつもりです。

しかし言われてみれば、それはただの自分の価値観であって、松島君にとって嬉しいとは限りません。

僕が松島くんと同じ年齢の時には言われて嬉しかったことですが、世代が変わればそれが逆の意味合いになってしまうこともあるということです。年齢による価値観の違いは本当に難しく感じます。

先週の火曜日は、前橋市が主催で行われた異業種の交流会に前橋市SDGsパートナー企業として、Forward to 1985 energy lifeの一員として参加させていただきました。会場である臨江閣には、普段は接点がない様々な業種の方々が集まっていました。

交流会では、現在の自分が働いている職場環境や働く人の様子を振り返りながら、これから先の働き方と会社の在り方について5〜6人のグループに分かれてディスカッションをするという内容です。

“働き方改革から5年が経つ”という内容から交流会は始まりました。中澤建設ではどんな風に変われたのかと振り返えると、大きな改革は出来ておりませんが、残業はせず、年間の最低法定休日の105日をクリアする為に隔週で土曜日を休んでいることくらいです。

しかしこれでは、まだ不足していることを感じます。職人の世界では難しいと思ってしまいますが、完全週休2日制はなるべく早く実現しなければいけない課題です。そして休日だけでなく、仕事のやり方、社員同士が接する方法、関わり方がこれからの社会で重要になってくると交流会の中で議題になりました。

僕たち世代は、建築業界で言えば若手の方だと思いますが、これからの時代を担う若手を育てる立場でもあります。自分達が経験したことをそのまま伝えたいところですが、僕達が社会人になりたての頃から、時間は15年以上経過しています。あの頃とは、考え方や価値観も変化しています。ならば、伝える言葉も向き合い方も時代に併せて変えなければいけないことを感じます。

交流会ではライフ(生活)とワーク(仕事)が今の自分の中でどんなバランスなのかを円で描くグループワークがありました。そこで僕はこんな円を描きました。

この円を描いた理由をグループ内で発表するのですが、「家族で過ごしている時を除いては、仕事の事、仕事に関係することばかりを考えている」ことを伝えさせていただきました。

そして、「それが自分にとってストレスなど全くなくて、仕事が楽しくて仕方がないです。僕にとって仕事は生活と一緒なんです」と続けさせていただきました。

しかし、これは会社を経営している人にとって当たり前のことかも知れません。自分だけではなく、一緒に働く皆さんにも、

「仕事が楽しい」と思ってもらえるような会社にしていかなければ、会社を次世代に繋げることは出来ないと気付かせていただきました。

前橋市とご縁が繋がるのですが、お知り合いの方からお話をいただき、市の施設内にあるレストランの床修繕にお伺いさせていただきました。

床に貼ってあるフローリングが、冷蔵庫の漏水により剥がれしまったことにお困りとのことでした。平でなければいけない床がこのような状態では大変危険です。

このフローリングを隠すように、この上からクッションフロアを貼る計画があったそうですが、わずか2mmクッションフロアの厚みが弊害になってしまうということで、フローリングの貼り替えになったようです。

わずか2mmと思いますが、ここは福祉に関係する施設です。たくさんの方々が利用されますし、2mmの段差に対する価値観だって一つや二つではありません。床を剥して見なければ分からない不安はありましたが、お話をいただいたご縁と自分に与えられた使命だと思いお受けさせていただきました。

修繕箇所の床ですが、いままでと同じものを貼ってしまうと今後また同じことになる恐れがありますので、無垢板で施工させていただくことにしました。

着色しないで、既存の床となるべく色を合わせる為に自然乾燥倉庫の中から、ラオス檜の板をご用意させていただきました。外出から戻られたお客様が、貼られた床をじーっとご覧になられながら、

「素敵な木ですね」としみじみとおっしゃっていたことが印象的でした。

木は経年で表面が変化をしますので、今はまだ床の色が違いますが、そのことは全く気になさる様子は無く、使われている木の価値をわかっていただけることを嬉しく感じます。

職場環境、人と人の接し方、仕事への向き合い方など、時代に合わせた意識をすることも絶対に必要なことですが、自分が好きなものを同じように好きと言ってもらえる人と一緒に生きていくことが、中澤建設を未来に繋げる為に大切なことだと気付かせていただきました。

愚痴

こんばんわ!

中澤やすゆきです!

現在中澤家では、インフルエンザが大流行しています。こちらのウィルスも全員が一度にかからないように気を遣ってくれる優しい一面をもっています。今は子供達が時間差で発症していますので、僕たち大人も時間の問題かもしれません。

インフルエンザから復活し、翌日から学校に行ける次男が、お昼ご飯を食べた後に自分の食器を洗っていました。僕も愛妻弁当を食べ終わり、弁当箱を洗い場に出すタイミングでしたので、

「パパのもお願いできますか?笑」

と次男に伝えてみました。

「え〜〜〜、、、、、」と最初は少し嫌そうでしたが、

「冗談、冗談🤭いいよ!」と言って一緒に洗ってくれました。

“ついでにお願い”という気持ちで次男に頼んだのですが、それは僕の考えであって次男の都合を何も考えていないことになります。

洗い物をしたあとに何かやろうとしていたとすれば、わずかな時間かも知れませんが予定が変わってしまいます。

次男は普段からよくお手伝いをしてくれます。なので僕が言わなくても

「パパ、俺が洗うから置いておいて」と言ってくれたと思うのですが、

“言われてからすること、自分からすること”

“伝える人と受け取る人”では、考えていることや感じていることが180°変わってしまうことがあると思うんです。

先日ラジオを聴いていると、社会人が居酒屋で会話する内容のほとんどが、上司から部下、部下から上司への愚痴だということでした。仕事を伝える上司と受け取る部下では感じ方が全く違う為にそれが愚痴になってしまうということです。

もちろん気持ちはわかりますし、これは永遠のテーマなのですが、これにはお互いに問題があり、お互いに考え方を変えていく必要があると思います。

伝える方は、相手が自分と同じ考えを持っているとは限りませんので、相手がどのように感じるかを考えた上で、理解できるように話をする必要があります。

受け取る方は、言われたことをそのままやるような受け身にならず、与えられた情報を具体化して、自分にしかできない仕事だと認識する必要があると思います。

そしてこれは、大人子供関係なく、会社でも学校でも家族でも同じで誰でも双方の立場になるということです。これは、伝えることが下手で、理解力も欠けている僕が常に自分に言い聞かせていることです。

僕は家づくりで、お客様からの想いを受け取りその想いを家づくりを共にする仲間と共有し、一緒にカタチにする立場です。その中では、受け取ることも伝えることもたくさんあります。

身の周りのどこかで愚痴がこぼれそうになったら、それを意見に変えられるような強い人になりたいと思います。

親方

こんばんわ!

中澤やすゆきです!

僕は中澤建設に入社する前に安中市の工務店さんで大工の修行をさせていただきました。

入りたての頃、親方と兄弟子の会話を聞いていると、”寸”やら”尺”やらのワードが飛び交っていて、まるで日本語の会話とは思えずに

「この人たちは何を話しているんだろう?」

と唖然となっていると親方から

「ボケっとしてんじゃねぇ」と怒られます。

ならば怒られないように、何しようか考えていると、

「突っ立ってんじゃねぇ、現場にカカシはいらねんだよ」と毎日のように怒られていました。

今まで生きて、立っているだけで怒られた経験がありませんでしたので、自分が置かれている状況は全く把握できませんでした。何をすれば良いのかわかりませんが、とにかく怒られたくもありませんので、自分に出来ることを探します。

どう考えても僕ができることは現場の掃除だけです。実際に掃除をしていれば怒られることはありませんでしたので、黙って掃除をする毎日を過ごします。

2ヶ月ほど経つと兄弟子は、

「ヤス、アレやってみろ。コレやってみろ」と作業をさせてくれるのですが、親方が現場に来た瞬間に、

「ヤス、何やってだ?

オイ、ヤスにやらせるな!」と僕も怒られるし兄弟子も怒られます。

しばらくすると掃除のかたわらで親方や兄弟子の手子、つまり作業の手伝いをさせてもらえるようになります。一般的に手子ですと、誰でも出来るというイメージかもしれませんが、掃除しか出来なかった僕には大出世になります。

手子は、一緒に作業している人のサポートですから、相手が作業をし易いように動く必要があります。仕事をしながら次の作業を予測して、次に必要な道具や材料を用意しなくてはいけませんので、仕事が理解できていなければ出来ない大切な役割になります。

手子を出来るようになったといっても怒られることに変わりはありません。

次に使う道具を用意しようと動き始めると、

「早くアレ持ってこい。」

と言われます。『今持ってこようと思ったんですよ!』と言える訳がありませんので、心の中でブツブツ言いながら動きます。今考えれば、僕がもっと早く考えて動けば言われなかったのですから、親方と兄弟子に口ごたえできる訳がありません。

僕は工務店で大工の修行をさせていただきましたが、初めて社会に出て仕事をするということはこういうことなんだと思います。怒られるかは別としても、最初から出来る人なんていませんので、様々な方に仕事を教えてもらわなければいけません。

そして仕事には必ず相手がいて、仕事をすることでその報酬をいただく訳ですから、仕事とはとても責任のあることになります。僕は親方に怒られてばかりでしたが、それは当然だということがよく分かります。

26歳の時に5年間の修行を終えましたので、今年で15年が経つのですが、先月の日曜日に親方がカレンダーと子供にお土産をもって倉渕に遊びに来てくれました。

中々お会いする機会もなく、久々だったのですが、早々に親方から

「ヤス、頼みたいことがある」とお話をいただきました。それほど口数の多い人ではありませんし、”頼む”なんて言われたのは初めてかもしれません。

弟子の僕には「仕事を手伝ってくれ」と電話一本で済むことなのに、わざわざ足を運んでくれて、お土産をもってお願いに来てくれたんです。親方の気持ちに応えるべく、先日のことですが、3日間ほどお手伝いに行かせていただきました。

会社に行くと、親方も奥さんもあの頃と全く変わらずに僕を迎えてくれます。現場を見ると高所作業がありましたので、ご自身では危ないと判断されて僕に声をかけてくれたのだと思います。

作業中に

「ここどうします?」と僕が聞いても、

「ヤスにまかせるよ」と昔からは想像出来ない言葉からも15年という年月が経過したことと、僕を1人の社会人として見てくれていることを感じます。

足場を組む作業があり、クランプという部材を電動工具で締め付けしたのですが、修行時代初期は電動工具の使用を禁じられたことを思い出しました。その理由は、”次に使う人が使いやすいように”する為です。

次に使う人と言っても会社のモノなので、使うのは自分達です。自分達で使うんだから別にいいのでは?と思いますが、親方が言いたいのはそういうことではありません。今はそれでいいかもしれないけれど、修行中に教えてもらうことが活きてくるのはその後に社会に出てからだということです。効率が悪いことは、親方だってわかっていますが、基本を知らなぬ先に応用など無いことを伝えてくれていたのです。

親方の家の玄関に額に入った言葉が目に入りました。修行とは、仕事を覚えることはもちろんですが、社会で生きていく為に必要なことを教えていただく為に行うことなのだと今更になって気付かせていただきました。


残るもの

こんばんわ!

中澤やすゆきです!

僕が小学校の低学年の時だったと思いますが、母親と姉の3人で高崎駅の周辺に買い物に行きました。今あるのは、高島屋と数年前にできたOPAですが、当時はまだダイエーやサティといったデパートがありました。

歳が離れていた姉は、自分の買い物をするので集合時間と場所を決めて別行動をすることになりました。僕は母親と行動をすることになりましたが、小学生の時に婦人服売り場ほど退屈な場所はありません。

そこで母親から

「やっちゃんはおもちゃ売り場で欲しいの選んでいていいよ。30分後にエスカレーターのところで集合しようね。」と素晴らしい提案がありました。

優しい素敵なお母さんみたいに書きましたが、こんな事はとても稀な出来事です。おもちゃなんて滅多に買ってもらえませんでしたので、おそらくここぞとばかりに着て行く服を集中して選びたかったのだと思います。

母親の理由はどうあれ僕にとっては願ってもないご褒美です。こどものパラダイスであるおもちゃ売り場で、当時大好きだったプラモデルを眺めながら至福の時を過ごしていました。

おもちゃも選べて時間になりましたので、母親との待ち合わせ場所であるエスカレーターのところへ行ったのですが、母親が見当たりません。小心者は昔から変わりせんので、とても焦ります。母親が買い物をしていた辺りを探しにいきましたが全く見当たりません。

つまり迷子になりました。田舎の小学生が街中のデパートで迷子になりますとこの世の終わりくらいの気持ちになります。パニック状態なので、店員さんに助けてもらう余裕もなくそのデパートを出て人混みの中を泣きながら姉との待ち合わせ場所に向かいました。

サティの入り口で姉と会うことができ、

「どうしたんやっちゃん、すごい恥ずかしいんだけど」と言われたことを覚えています。姉とデパートに戻ると母親が僕を探していました。集合時間になっても僕が来ない為おもちゃ売り場に探しに行ったようで、どうやら入れ違いになっていたようです。

小さな頃の出来事はポイントポイントではなんとなく覚えていることもありますが、頭の中に鮮明に残っているのは、こんな苦い記憶です。

先週から安中市松井田町で改修工事に入らせていただいております。築40年を過ぎた和風住宅で、外壁の塗替え、雨樋の交換、軒裏の張替え工事をさせていただきます。

中澤建設の木工事である軒裏の張替えが最初の工事になりますので、まずは既存で張ってある軒裏の撤去です。しかし状態も良く、この後に板張りを施工する時に下地として利用出来ると思いましたので、撤去せずに工事を進めることを考えました。

そうすれば、ひとつ工事が減り、お見積りよりも費用を軽減でき、お客様にも喜んでいたたけると思いました。しかし、雨による影響で少し心配なことがありましたので、そこだけは確認しないといけないと思い、中澤建設のスペシャルチームの1人である、雨から家を守る勝見板金さんに相談してみることにしました。

写真で状況を確認した勝見さんが、

「この場合は、雨水で軒裏を濡らす可能性がありますね。”水が走る”現象が起こるかもしれないから、そのことを考えると今ある軒裏は剥がしたほうがいいですね。」と教えてくださいました。

まさか屋根の裏側が濡れるなんてと思いますが”そのまさか”が起こるんです。勝見板金さんも想像でお話をしている訳ではありません。あくまで可能性の話ではありますが、このようなケースでお困りのお客様を何人も見てきた経験からお話をしてくださいました。

僕も雨による劣化で傷んだ場所を直す工事は何度もしてきましたが、屋根の専門業者である勝見さんとは場数が違います。僕1人では判断出来ないことでも、様々な状況を知るプロにこのように適切なアドバイスをいただけることは本当に有難いことです。

そうと決まれば、軒裏の撤去作業が始まります。剥がしやすいように施工されておりませんので、釘も細かく留めてあり、この家をつくられた工務店さんの丁寧さは解体からも伝わります。解体も残り半分くらいになった時に、屋根の裏側である小屋組の様子が目に入りました。

墨付けの真っ直ぐに引かれた線の美しさ、印の通りに加工された納まりの綺麗さに思わず見惚れてしまいました。そして、さらに驚いたのは使っている材木です。割れの入らない芯さり材が使用されており、その材木の木目の細かさには圧倒されました。

これは目には見えない屋根裏なので、僕が軒裏を剥がさなければ見られることが出来なかった場所です。その他にも仕事の内容や材料から、この家をつくられた工務店さんが丁寧に大切に家づくりをされた様子を見られることができました。

今工事をさせていただいているお客様の家も40年以上前からカタチとして今に残ったものです。そしてこの工事で、何十年も先の未来に残るものになります。

時間はとても貴重で仕事に効率を求めることは大切なことだと思いますが、お客様と先人の方々、いつの日か中澤建設を受け継ぐ人に恥じないような仕事をしたいと思います。

記念写真

こんばんわ!

中澤やすゆきです!

最近の中澤家ではニンテンドースイッチのスイカゲームが流行っています。僕はスマートフォンのゲームも全然やりませんし、そもそもゲームがあまり得意ではありません。

同じく普段ゲームなどやらない妻ですが子供と一緒になって珍しくゲームを楽しんでいます。

「騙されたと思ってやっちゃんもやってみなよ。」と言われ、やらず嫌いは良くないと思いましたので挑戦してみることにしました。

簡単に説明すると様々なフルーツを揃えながらスイカを作るパズルゲームです。やり方は簡単なのですが、なかなかスイカを作れません。と言いますか、僕はスイカの手前のメロンまでしか作れたことがありません。

上手くフルーツを揃えればいいのですが、欲しい時にお望みのフルーツが落ちて来ないのがこのゲームの難しく面白いところです。子供と過ごすこんな時間を楽しみながら、いつの日かスイカを作りたいと思います。

先日、23日の祝日に中澤家三男の七五三のお祝いをしました。インフルエンザの流行により体調不良の家族もいて心配されましたが、何とか無事に行うことができました。

兄達がサッカーをしているので、最近では家族全員が時間をとれる休日が中々ありません。この日もサッカーは休みでしたが、三男が地域のお祭りで太鼓を叩く予定がありましたので、太鼓を終えた午後から七五三を行いました。

七五三でやることは長男の時から変わりません。袴をネットでレンタルして、母親がマダムカットでお世話になっている美容室で着付をしてもらいます。その後はご夫婦でやられている写真館さんで記念写真を撮っていただきます。

こちらの写真館さんには友人との思い出があります。アルバイトの履歴書に使う写真は普通だれでも、ボックス型のスピード写真を利用すると思います。しかし学生時代に友人と2人で

「あれ恥ずかしいから」

とこちらの写真館さんに転がりこんで証明写真を撮ってもらいました。

そんなお世話になったことがあり、家族の記念写真はこちらでお願いしています。いつでも変わらないご夫婦の温かいお人柄と最高の一枚を撮ってくださろうとする姿勢にはプロの仕事を毎回感じさせていただいております。

写真撮影の後は家づくりの地鎮祭や樹木伐採のお祓いでお世話になっている小祝神社様で、七五三の御祈祷をしていただきました。昨年、長くお世話になった前宮司さんがお亡くなりになったのですが、その後を息子さんご夫婦が受け継がれている素晴らしい神社様です。ここに来ると、前宮司さんにもお会いできて、心が洗われるような気持ちになりますので僕にとって特別な場所です。

その後に夕食まで時間がありましたので、高崎市役所の展望台にいきました。夕陽が綺麗な高崎の町を子供たちと眺めていたら、修行時代にお客様から聞いた話を思い出しました。

それは旧高崎駅があった頃の話です。とある親子が倉渕から高崎駅までバイクに乗って行ったそうです。駅の高台から初めて見る高崎の町を眺めて、

「とうちゃん、日本て広いんだね」

と子供が言ったことに対して、

「馬鹿ヤロウ、この倍だ!!」

と父が言ったというなんとも愉快な倉渕の親子がいたという話です。

修行時代にお話を聞かせてくれた方は、1つの笑い話として話をしてくれましたが、決して馬鹿にしていた訳ではなく、”知らないということは、こういう事”だということを教えてくれました。

倉渕での生活ではこんな高い場所にエレベーターで行くことはありませんし、倉渕の景色にはこんなに家やお店が密集している場所はありません。僕もそうですが、中澤家の子供達だってまだまだ知らないことだらけです。

これから成長する過程で、出会う人にお世話になりながら、自分の目で見て肌で感じて様々な経験をしながら多くのことを知っていくのだと思います。

展望台から見える景色に何を思ったのかはわかりませんが、今は倉渕だからこそ感じられるものを名一杯吸い込んで、素直さと笑顔を大切に毎日を過ごして欲しいと願います。

たすき

こんばんわ!

中澤やすゆきです!

コンビニやスーパーで買い物をしている時にどうしても足が止まってしまう売り場があります。四季を問わずに僕のことをいたずらに誘惑するアイス売り場です。

夏に食べるアイスも最高ですが、寒い冬に温かいコーヒーと一緒に食べるアイスなんて最高の贅沢です。食べ物を決める時には、さほど迷わないのですが、アイスに関しては別です。売り場に並んでいるアイスは味も特徴も様々でどれも魅力的な為、選ぶ僕としては甲乙をつけがたく大変迷ってしまいます。

中澤ランキングの上位の中には雪見だいふく、アイスの実、チョコモナカジャンボなどが顔を揃える中、今まで手を付けずにいたのがバニラモナカジャンボです。チョコモナカジャンボというビッグネームが目につき気にならなかったのですが、チョコモナカジャンボの隣りに必ず並んでいる存在であることに気付き、無性に気になりましたので食べてみることにしました。

チョコモナカジャンボからチョコを抜いただけだと思っていましたがとんでもありません。モナカとバニラの間にホワイトチョコレートがコーティングされていました。ホワイトチョコの美味しさはもちろんですが、バニラとモナカの間に入って僕達消費者がモナカのパリパリ感を食べ終わるまで味わえるように働いてくれているのです。バニラと同じ色をしていて一見わかりませんが、とても大切な役割だと感じました。

僕は地元の商工会青年部に所属しています。青年部に入ってからもう10年以上経ちますが、業種は違えど先輩達に、地域に根ざすということ若手経営者としての在り方を教えていただきながら、45歳までと決められている青年部活動もあと4年になりました。

商工会青年部は群馬県で8つのブロックに分けられていて、僕が所属する倉渕は安中・高崎地域の西部ブロックになります。僕は今この西部ブロックの副ブロック長をやらせていただいております。これは僕が選ばれた訳ではありません。

周り番で偶然にも今倉渕が担当になり、その倉渕の部員の中で年齢や条件を考えると僕しか該当者がいなかっただけの話です。とは言え、もう1人のブロック長と一緒に西部ブロックの代表になって、群馬県商工会青年部の会議や活動をする訳ですから責任の重さは常々感じております。

その商工会青年部が開催する、商工会青年部全国大会が先週の15日、16日に群馬県で行われました。さらっと書いておりますが、これはとても大変なことなんです。全国47都道府県の青年部員総勢3600人の方々が群馬県高崎市に集結する大きなイベントです。そんな大会が行われる記念すべき年に副ブロック長をやらせていただくなんで大当たりということになります。

この大会を運営されているのは、大会の為に商工会青年部から選ばれた運営委員の方々と前年度に県の理事をされていた方々です。そこに僕達現役の理事が入り、群馬県の青年部員さんと一緒にスタッフとして大会を運営します。

僕達西部ブロックの仕事はステージ周りの舞台転換と主張大会の係です。主張大会とは、青年部員が青年部活動に対しての想いを発表する大会です。全国大会には、県大会から始まった予選を勝ち抜いてきた7名の方々が優勝を目指して発表するというものです。

僕は発表者の方を控室から舞台袖まで案内させていただいたのですが、これから3600人の前で発表するその緊張感は、舞台袖で待たれる様子から伝わってきます。発表される方とこんなに近くにいるのですが、実際の発表を僕達が聞くことはできません。

僕達はスタッフなので仕事をしなくてはいけません。ステージ周りの担当をしている僕達は会場の雰囲気を間近に感じられますが、ステージだけが全国大会ではありません。

全国からお越しになる部員さんを高崎駅や駐車場から案内する担当部員さんがいます。会場に来られた方々の受付をして、会場まで案内する部員さんがいます。出展される店舗さんをサポートする部員さんや大会グッズを販売しながら広報活動をして大会を支えてくれる部員さんがいます。

運営委員会の皆さんはこの日の為に何ヶ月も前から準備をされてきました。僕自身は参加できない日が多くありましたが、現役の理事も先月からは毎週のように会議に参加して大会の準備をしてきました。

皆さん今1番動ける若手の経営者です。本来ならば、自分の仕事をしたくてしたくて堪らないはずですが『群馬大会を成功させる』という想いのもと時間を割いて会議をしているんです。

度重なる会議はひとつの会議室で行われますが本番は違います。広い会場内では、あれほど会議を共にした皆さんと中々会うこともできませんが、これほど大規模なイベントでは当然のことかもしれません。

この全国大会を群馬県に誘致されたのは、4年前に会長をやられていた方です。本当ならば前年度に行われる予定でしたが、流行り病の影響で今年の開催になりました。

僕がこうして、全国大会の運営に携わらせていただいたのは偶然かもしれたせんが、そのおかげで多くの方々と出会い、ひとつの目的に向かって共に肩を組み走ることができました。

群馬大会は無事に終了しました。大成功であったかは、来場者された方々が感じることだと思います。課題や反省点はもちろんあると思いますが、みんなで力を合わせて行えたことはとても素晴らしいことだと感じました。

大会が終わった後の締めの場で、群馬大会誘致をされた方が涙を流しながら言った

「いつか自分の子供たちが大人になったときに商工会青年部が誇れるものであってほしい」という言葉に胸が熱くなりました。

群馬大会の開催によって、群馬県の商工会青年部員みんなのチカラで、未来に襷を繋げることが出来たと思います。

被写体

こんばんわ!

中澤やすゆきです!

カメラを向けられて「はい、チーズ」と言われれば、僕は自然にピースサインが出てしまいます。いつ、だれに教えてもらったことなのかは分かりませんが、余程落ち込んでいなければどんな状況でもピースサインをすると思います。

これはきっと僕だけに言えることではないと思います。「はい、チーズ」とカメラのレンズが向けば、個性を活かした様々なポーズで被写体になると思います。

そして大事になってくるのが写り方です。ずっと残るものなので、写真写りが少しでも良くなるように、瞬きの瞬間になることを避け少しくらい目が乾いてもしっかりとまぶたを開かなければいけません。

僕の母親世代の集合写真を見ると皆さん軒並み斜め45°、顎はしっかりと引いて、笑顔というよりは真顔で被写体になられています。

僕がまだ若かった頃に、なぜこのようにポーズをするのかと母に聞いたことがあるのですが、なにも応えてもらえなかったことを覚えています。

今になって自分がなんて野暮なことを聞いてしまったのかと思います。美しい姿を写真に残したいという気持ちは、いつの時代でも変わらないことを感じます。

先日も倉渕の山道を車で移動していると、まさに今見頃を迎えた紅葉の景色が目に入りました。思わず車を停めて、写真を撮ったのですが本物の素晴らしさを写真におさめることが本当に難しいことを感じました。

もちろん写真だって綺麗な景色が撮れているのですが、リアルでしか感じられないその場の空気、360°の臨場感に勝るものは無いように感じます。

先日、お仲間工務店さんが新築されたご自宅を見学させていただきました。太陽と上手に暮らすことを大切にされている工務店さんの家は、外観からもその様子か伝わってきます。「道草の家」と名付けられたように、玄関ドアを開けた瞬間についついフラッと寄っていきたくなるよう空間はお仲間工務店さんしかつくり出せない特別な場所だと感じることができました。

見学させていただくにあたり、もう一つ大きな目的がありました。それは、一緒に見学
に伺ったお仲間工務店さんと建材流通業者さんとご新築のお祝いの品をお届けしようということでした。

お相手に必要なモノを聞いてお渡しするのもひとつの方法ですが、それではサプライズプレゼントになりませんので、何をお渡しすることがよいのかをみんなで話し合いました。

「何をプレゼントしたら喜んでもらえるのか?」と悩みましたが、相手の喜んでいる様子を想像することは、お客様の家づくりをしている時と同じものだと感じます。そして、想いを込めた手づくりがわたし達らしいとなり、製作がスタートしました。

材料の準備が完了し組み立てる時は、お渡しする工務店さん以外の5人で集まり、夜な夜な作業を行いました。一点もので他に変えがない緊張感の中、組み立ての最終段階で僕の目の前に素晴らし過ぎる景色が映りましたので、作業中でしたが思わず写真をとってしまいました。

これは緊張からの表情ではありません。家づくりと一緒で、大切な人に想いを込めたものづくりをしている時の表情です。皆さんとお話をする中で、ということが家づくりに最も重要なキーワードであるという会話になりました。もちろん僕もそう思います。は大切で、僕にとっても家づくりでも生きる上でも最重要事項であると思います。

しかし、”笑”が重要であるということの大前提に、ものづくりに対してどんな時でも真剣に向き合えているかが大切なんです。プレゼントを手づくりに決めたこと、製作する現場での皆さんが取り組む姿勢からそのことを教えていただきました。